うらそえ日記

奇談小説家・早見慎司(早見裕司)の公式ブログです。
<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

シナリオの枚数

0
    テレビの30分アニメは、正味24分30秒ぐらいです。
    それに合わせるには、だいたい、25枚ぐらいの脚本がいいのかな、とは「美夕」をやってみて、感じたことです。
     あるいは、演出の意図なのかもしれませんが、「美夕」の最終話は、最後の美夕の台詞のあと、3秒ぐらい、間があってもいいのではないか、と思ったのですが、脚本が30枚あったのを、活かすためだったのかもしれません。まあ、まったくの憶測ですが、この脚本を、とても大事にして下さったので、そう思うわけです。
     私が担当した「美夕」の脚本で、いちばん長いのは、「美夕昔語り」で、400字で35枚ありました。いくらなんでも長すぎるので、ばさばさ切ってありますが、本筋はぶれていません。これが、映像の力ですね。


     
    吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

    ネーミング

    0
      台風が近づいています。皆さま、ご用心を。我が家は、外壁に亀裂ができていて、やや心配です。

      で、「吸血姫美夕」のことで、思い出したことがあります。ネーミングですが、レギュラーで、決まっていたのは美夕、ラヴァ、冷羽、この辺は当たり前として、死無も最初から決まっていました。ところが、松風は決まっておらず、私が「松風」という名前を提案しました。「八甲田山死の彷徨」(映画「八甲田山」の原作)から取ったので、まず、まちがいがないと思います。
       あとは、西洋神魔で、バロウとリリスは、本来担当するはずだった脚本家の方からいただいたメモにありましたが、ガーリンネは、古代ケルト語で正しく「海の光」という意味です。これは、「オシアン」というケルト語の本から取っています。
       千里、由香利、久絵は、なんとなく、ですね。名前を決めたときには、デザイン画は上がっていましたが、それぞれの性格や、果たす役割は、まったく分からなかったので、無難につけました。
       神魔の名前は、各脚本家が決めることになっていますが、私は名前を考えるのが得意ではないので、苦労しました。私の場合は、神魔の属性から2つ、要素を抜き出して、並べてあります。「赤いくつ」だと、ピアノの神魔なので、響くものであり、更に敲くものであるから、「響敲」という風に。あと、あまりに簡単な名前は、1話(牙龍)以外は控えることにしました。

       
      吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

      吸血姫美夕:「どうかな」と「私は――」

      0
        テレビ「美夕」では、「美夕」の意志が弱い、と言われたことがあります。仕事以外で顔を合わせたとき、平野監督は、「俺は今までで一番、強い美夕を描いた」、とおっしゃいました。この齟齬について、ひとつ、当初から思っていることを、書いておきます。
         あくまで憶測ですが、美夕の「意志が弱い」、というのは、たびたび呟く「どうかな」「そうかな」、という科白回し、あるいは「私は――」と、最後まで言い切らないことなどが、挙げられるような気がします。
         もし仮に、美夕が「どうかな」、と言うのを、迷っている、答を決められずにいる、と解釈されるのだったら、それは大変失礼ですが、女の子とつきあったことがない人だ、と思います。女の子が、買い物に出かけて、二枚のTシャツ(カットソーでも何でもいいんですが)を見せて、「ねえ、どっちがいいと思う?」と訊いたとき、「どっちも似合うよ」、という答を、女子は期待していません。あるいは、「こっちがいいんじゃないかな」と言ったとして、「そうかなあ」あるいは「そうだよね」と、女子の心の中では、結論はすでに決まっているのです。
         なら、どう答えるべきか? 答は現実世界にひしめいています。
         そんなリア充の話をされても、むかつくだけだ――という人もいらっしゃいますよね、たぶん。そういう方は、『美夕昔語り』の、田舎芝居のシーンをご覧下さい。
        「さあ、どうじゃ」
        「さあ、それは……」
        「どうじゃどうじゃ」
        「それは……」
         これは、古浄瑠璃から抜粋したものですが、ここでも、美夕演じる葛の葉の答は、すでに決まっていて、それにゆさぶりをかける、というのが故実のパターンなのです。
         テレビ『吸血姫美夕』で、美夕が、他の人間、あるいはラヴァや死無の意見を得て何かを検討したシーンは、私の思い出せる限り、ほとんどありません。ディスカッションをするのだったら、ラヴァはもっと出番が増えたことでしょう。
         「美夕の亡霊」で、私が失敗したときのように、美夕は揺るがないのです。ただ、話の相手をしないと失礼なので、「そうかな」、と言っているのです。

         「私は――」は、神魔が燃やされるときや、主に台詞をかぶせたい場面で登場します。
         神魔を演じた方々は、これには面くらった、とある方が述懐していらっしゃいましたが、その答は、「自分で考えて下さい」なのです。
         つまり、それを考えることが役作りだ、と私は考えていて、だからこその豪華声優陣になったのだ、と思います(私は配役には一切、口を出していませんが)。答はそれぞれの方で考えていただければいいのです。考えることが、重要なんです。私も考えました。私の脚本は、ト書きが少ないのですが、それはスタッフに考えて欲しかったからです。
         その気になれば、書けるんです。例えば――。

         「私は――」の、もうひとつの効能は、テンポを速めることにあります。シリーズ当初から、キャラクター主義ではなく(なぜならキャラクターは、監督の中に、すでにあるわけですから)、事件主義で進めていったのですが、トロい、キャラクターを回すだけのホンは書くまい、という気持ちでした。
         テレビ「美夕」は、テンポにはかなり気を使っていて、代表が「美夕昔語り」の前半の展開ですが、小中千昭さんが「鱗肢の蠱惑」で独自のテンポを作ってみせたのに対して、私は私のテンポを、とちょっとだけ考えたものです。
         「美夕昔語り」では、インテグラル版とテレビ版で、大きな違いがひとつあって、Aパートのラストで、鬼術師(大塚明夫さん)が「月は東に日は西に!」と叫んだあと、拍子木が一拍、入るのですが、テレビ版では、そこが切ってあります。この辺が、テンポの問題になってきます。なので、DVDを(あるいはLDを……LDではテレビ版が見られませんが)お勧めしている次第なのです。私の懐具合とは、関係ありません。DVDが売れても、私には一文も入ってきませんから(笑)。

        「美夕」については、思い出したことがあったら、また書きますが、気が向かれたら、質問していただければ、お答えできる範囲では、お答えします。
         スタッフは、イメージ商売なので、他の方のイメージに関わることは、言えないんですがね。例えば、なぜ『セピアの肖像』が第3話になったか、とか……。

         
        吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

        吸血姫美夕:CDドラマについて

        0
          26話は、さまざまな引用から成り立っています。
           以前に、旧NIFTY-SERVEのFHORRORの方々にインタビューを受けたときに、この話の構成は、よく分からないご様子だったのですが、引用については、かなり理解していただきました。イエルジー・コジンスキーの小説とか、つげ義春とか、『山椒大夫』とか、『ドグラ・マグラ』とか……もちろん、そのままではないのですが、いままでの吸血鬼ものがあまり触れてこなかった、ある問題が描けたのは、単純にうれしかったですね。
           他にも、思いついたらまた書きますが、テレビ版は、だいたいこんな感じだと思います。ご質問のある方は、コメントしていただければ、答えられる範囲でお答えします。

           吸血姫美夕スペシャル・ドラマ(CD)は、タイミングとしては24話ぐらいのときにあったのではないか、と思います。
           私が終盤で必死のときなので、最初、お断わりしたのですが、死無と冷羽について書いて欲しい(つまり、設定話)ということだったので、一枚は、私が例の3行プロットを書き、監督の信頼も厚い山田靖智さんと、山田さんのご推薦の山田健一さんが1話ずつシナリオを書き、それはそれで面白い出来になった、と私は思うのですが、もう1枚は、死無と冷羽の過去の、2話構成になりました。
           冷羽の過去なのですが、テレビのシナリオを書いていた深夜に、NHKの教育テレビで、李麗仙が楠美津香・台本のひとり芝居を放映していて、見ているうちに、緒方恵美さんなら、ひとり芝居ができるのではないか、と思い立って、プロットを書きました。
           結局、いろいろな事情で(いちばん大きいのは、聴く人が疲れてしまうから、というのがありました)、完全なひとり芝居にはなりませんでしたが、緒方さんは期待に応えて、まさに「演劇的」に、子どもと今の冷羽を演じられました。スケジュールの都合で、緒方さんは別録りでしたが、水を少しずつ飲みながら演じる緒方さんは、かっこよかったです。

           冷羽の回が、私が乗りすぎて長かったので、死無の回は、やや短めになりました。
           この話は、聴いていただくと分かるのですが、山田風太郎の現代ものに強烈なインパクトを感じていたので、その世界観で描きました。
           結果、ごく古典的な人情噺になっていて、本田音響監督には「山本周五郎の世界だね」、とほめていただいたのですが、平野監督からは、「楽をして書いただろう」、と言われて、ぐうの音も出ませんでした。たしかに、常に(善し悪しの結果はあれ)実力の百五十パーセントで書いてきた私にしては、楽な話になっていますね。
           冷羽の話には、ベテランの沢りつおさんが出ていらっしゃいましたが、死無には、金月真実さん、檜山修之さんという若手に、なんと、銀河万丈さんと藤田淑子さんが、出ていらっしゃいます。
           この回は、監督がすでに直し作業に入っていたので、私が「お目付役」として収録に参加しましたが、とにかく藤田さんのいいこといいこと。私はしびれました。
           ご自分の演技だけではなく、さすがベテランの声優さん。若い声優に、「ここはこうしたほうがそれらしくなる」とアドバイスをして下さったり、果ては「女給」(ドラマ上のことば。つまり売春婦です)の説明までしていただいて、「なんで私が赤線の話をしなきゃいけないの」、と笑っていらっしゃいましたが、私は、70年代まで言われていた、「男優は兵隊かやくざ、女優は女郎をやれば、たいていさまになる」、ということばに囚われていた節があります。
           ……いま思うと、平野監督の「楽をして書いただろう」というのは、現代劇でも時代劇でもない世界、つまり、聴いた人の想像しにくい設定だった、ということです。これは反省点です。
           ただ、好きなんですよね……。

           『美夕』のインテグラル版宣伝を兼ねて(だと思います)、ラジオドラマで製作されたのが、「CDシネマ」。4枚7話です。
           これも私にお声がかかったのですが、私が、最終話を書き終えて、すっからかん(頭の中身が)になってしまったので、山田靖智・山田健一両氏のコンビで2話4枚、小中千昭さんが1枚、私は、例によって設定話を含む1枚2話を、どうしても、というので書きました。
           山田靖智さんは、この頃には『美夕』のフォーマットをつかんでおられて、CDドラマとしては、充分な技量を発揮された、と、私は思っています。『女道士』の後日談もありますし。
           そして、「CDシネマ3」。小中さんは「CDドラマは苦手」、と言っていらっしゃいましたが、内容は、テレビ本編を超えるほどの、秀作でした。少なくともこの一枚は、買って損がないと思います。
           最後の1枚を、私が書いたのですが、すでにアイディアが出尽くしているもので、1話は、風水の勉強に行っていた沖縄の話(テレビでは、ロケハンができなかったので実現しませんでした)になって、これが、うーん……有終の美を飾る、というわけには行きませんでした。幾重にもお詫び申し上げます。キャストでも、――いや、何も言いますまい。
           もう1話は、冷羽の復活編です。テレビにせよ漫画にせよ、冷羽はこれからも描きたい、という監督の願いがあっての復活編でしたが、私はすでに、「歌を忘れたカナリアは」、になっていました。
           
           『美夕』については、もうひとつ、書いておきたいことがあるのですが、最近、本業で疲れているので、書き切れるかどうかは分かりません。


           
          吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

          吸血姫美夕:第26話「永遠の午睡(ねむり)」

          0
            そして、第26話「永遠の午睡(ねむり)」です。
             千里の正体については、いろいろ案があったようですが、千里役の白倉麻子さん(現・白倉麻さん)は、久絵の進藤こころさんと共に、制作母体のアミューズメントメディア学園の研修生だったこともあって、演技に期待するのはさすがに無理でした(その後、おふたりともプロになられたので、もちろんいまは違いますが)。それで、私と監督、どちらから出た話かは忘れましたが、(「神魔『千里』、っていうのがいいだろう、と監督が盛り上がっていらした記憶がありますので、監督の案かと思います)、ふだんの千里の演技のままで成立する、神魔にしました。もっとも、白倉さんもがんばられました。美夕に足をつかまれたときの、「ハッ!」という息づかいなど、大したものです。
             この回は、「東邪西毒(「楽園の疵」)で行きたい、というのが監督のご意向でした。それで、ビデオを取り寄せて見ましたが、これがいい意味で難しい(笑)。監督も、「散文詩にならざるを得ないだろう」、とおっしゃいますし。(散文詩、というのがどういう意味か、私もまだ、よく分かっていないのです)
             それで、「東邪西毒」のアクションシーンが必要だろう、と抜き出しているうちに、これも「田園に死す」とつながるイメージがある、と気づいて、美夕の過去と結びつけていき、「田園に死す」は津軽のイメージなので、恐山のイメージで三途の川を……というように、アイディアを広げていきました。
             脚本を書く前に、私はある「不安」を持っていたので、平野監督に、「僕らがやっているのは、芸能で、芸術じゃないですよね」、と確認したのですが、監督は昂然と、「俺は裸踊りはしないよ」、と言い切って下さり、安心して書くことができました(なんの話か分からない方は、読み飛ばして下さい)。……といっても、全部で3週間以上かかっていますので、あまりほめられたものではありませんが。
             この頃には、ちょっとだけスキルが出来てきて、直線的に話を進めると、死無が出てこないのは(最終話として)まずい、と思ったので、死無の設定(伝法な女スリの口調、と企画書に書きました)に合った台詞で登場させました。
             あとで、打ち上げの時、死無役のかないみかさんに、「どうしてあそこで死無が出てくるか分からないでしょう」と言ったら、「ええ」と答えられたので、「打ち上げに人を揃えるためです(書いていない人は来ないので)と言ったら、笑われましたが、それは冗談としても、レギュラーにはそれなりの「待遇」が必要だ、と思ったのは事実です。

             この脚本を書いたときには、私は、「エモーション−アクション−リアクションーパッション」という構造の、断片の集合体が物語だ、と考えていて(いまはちょっと違っています)、そのため、一見ロジカルには見えない物語を、リアクションでやり過ごすことができたのですが、この回は、かなり細かくハコを作って書いています。一見「支離滅裂」に見える物語こそ、ロジックが必要なのです。
             そして、乗れる回には、私の好みも入れたくなるものでして、この回で、私の好みで書いているのが、ラスト前の、校庭での千里たちの会話のシーンです。これは余談ですね。失礼。ただ、この物語の脚本における「テーマ」は、「永遠の夏」、という私の長年のテーマでも、あるものですから。教室の卵の話ともつながっていますね。
             この頃も、まだ体調は悪かったのですが、最終話ぐらいは立ち会いたい、と録音スタジオへ行き、絵コンテをもらって、驚きました。不必要な台詞を少々削っただけで、殆どシナリオ通りなのです。「どう変えてもいい、って言ったじゃないですか」と言うと、監督はひと言、「好き勝手に直すぐらいなら、(脚本の)直しなんか出さないよ」と。これにはおそれいりましたが、この監督と仕事でつきあえてよかった、と思いました……。

             ここまででお腹いっぱい、と思われそうですが、まだ、CDドラマが残っています。語られることの少ないものですので、語っておきたい、と思います。

             
            吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

            吸血姫美夕:第25話「最後の神魔」

            0
              「美夕」25話「最後の神魔」は、いちばん苦労した回です。
               このときには、すでに風呂敷の畳み方は決まっており、そこへ向ってまっしぐら……だったのですが、具体的に何をどうしたらいいのかが浮かばず、監督にはひどくご迷惑をおかけすることになってしまいました。例えば、由香利の扱い。最初の原稿では、由香利が神魔と闘うことになっていたのですが、「神魔の強さは、そんなレベルではない」、と即座に否定されてしまいました。シリーズ構成の私が、まだそういう基本的なことを分かっていなかった、というのは、はっきり言って問題だと思います。
               また、重要人物が独鈷で殺されたのに、「針か何かで血を抜き取られた」と警察が言っている……というのは、明らかな私のミスです。
               それらをおいて、言うと、この25話は、テレビでは黄昏の学園にたたずむ千里、で始まるのですが、インテグラル版では、もっとショッキングなシーンから始まります。ことここに到ってなお、「いかがなものか」が来たわけです。
               この回については、あまり語らないほうがいいように思いますので、このぐらいにしておきますが、例えば、走っている由香利が、焦りのあまりころぶ……などという細かい所も、監督にアイディアを出していただいていたのですから、まったくふがいないことでした。私は、仕事の借りは可能な限り、仕事で返すようにしていますので、最終話は、「もう逃げられない」、と腹をくくって書きました。

               次回、最終話については、結末を明かしていますので、見ていない方は、ご注意下さい。
              吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

              吸血姫美夕:第24話「帰ってきた男子(おとこ)

              0
                話も大詰めになってきました。24話「帰ってきた男子(おとこ)」(このタイトルは、監督によるものです)は、石井輝男監督の「徳川いれずみ師 責め地獄」から来ていますが、当時、私は、その作品を見ることができませんでした。ソフトがなかったようです(記憶違いかもしれませんが)
                 そこで、石井輝男監督と言えば、いい意味で悪趣味だ、また、この回では神魔になる人間の背中に鳥のいれずみがある、などのことを考えて、バードサンクチュアリで、上半身裸の男が日本刀を持っている、という絵を思い浮かべて、そこから書いていきました。
                 また、監督に言われたのですが、デザインの寺岡さんが描いた千里の家は、鬼門(北東)に廊下が伸びているので使って欲しい、というご要望があり、それも入れ込んで、十字架になぞらえた廊下を描きました(千里の兄が玄関から出入りできないないのは、そのせいなのです)。十字架にはりつける、という案です。
                 この回と、次の回「最後の神魔」は、とにかく監督の要求にこたえられなかった無念さがあって(脚本のせいだけでは……いや、やめておきましょう)、また、当時の記録を見ると、体調不良で必死にやっていたことや、うまく書けないための遅れで焦っていたことなどが目立ちます。監督としても、さぞご不満だっただろう……と思うのですが、広げた風呂敷を畳むのは、そうそう簡単にはできない、ということですね。
                吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

                吸血姫美夕:第23話:「対決のとき」

                0
                  23話は、いよいよ、冷羽と美夕の対決です。
                   この回は、スペクタクルあふれる回になるはずだったのですが、テレビ放映時の絵が、ひどすぎます。DVDで、かなり直しましたが、直し切れていません。
                   「インテグラル版」(LD時の名称)が、こういう名称になったのは、「ディレクターズ・カット」という名称を、平野監督が拒絶したからに他なりません。もしディレクターズ・カットだったら、すべて直させろ、という怒りです。
                   絵のことには触れないように努めてきましたが、この回の絵は、脚本の意図にも関わってきます。例えば、「すごく寒い」雲は、「『ウルトラQ』の『東京氷河期』のように」、と監督からご指示があり、それを想起させるように脚本には書いてあるのですが、絵としては実現されていません。
                   冷羽の初登場回は『冷羽が来た』で、この対決回は、『東京氷河期』になっている、というのは(分からない方には分からないでしょうが)すなわちペギラですから、こういう所を大事にしていただきたいのですが、それを許さない環境にあった――とだけ、申し上げておきましょう。
                   この頃から、最終回のしかけの話が監督から出てきて、私も監督も、「最終話はこうじゃいけない」、というコンセンサスが生まれてきたように思います。それはつまり、総力を最終回に叩き込まなければいけない、という覚悟でした。
                   ただ、この「対決のとき」も、5稿まで書いているんですよね……力を入れられる状況にないけれど、手を抜くのは許されない、というところです。
                   私も、全力でアクション回に取り組みました。監督からも、炎の処理についてなど、詳しくうかがっているのですが、まだまだアクションが足りないな……とは思っています。何もかも絵のせいにするわけにはいきません。設定回でもあるので、必死で書きましたが、軸がぶれていることは否定できません。
                   なお、この回の冷羽は、TVでは肩口から紙吹雪を散らしながら消えていきますが、インテグラル版では、当初の予定通り、冷羽の首が飛んでいます。首を自ら抱えて話をする、というのは、何か出典があったと思いますが、覚えていません。とにかく、テレビ向けとインテグラル版向けの、二種類の脚本を(部分的ですが)書いた記録はあります。
                   この回では、緒方恵美さんの演技が光ります。少女時代の冷羽、現在の冷羽、そして松風と一体化した冷羽を、演じわけられていらっしゃいます。そういうのは、主に役者が考えることである……というのが、平野監督のお考えだった、と思います。

                   
                  吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

                  吸血姫美夕:第21話「神魔の旗」

                  0
                    前回書き忘れたことなのですが、小中千昭さんの脚本は、脚本の文章そのものが、とても美しいんですねえ。ため息が出るほどです。
                     さて。
                     第21話「神魔の旗」は、私としてはアクションの描ける方に書いていただきたかったのですが、監督が「守護神魔」というものを思いついたので、設定話になり、私が書くことになりました。そこで、「うつぼ舟」辺りから明らかになる、冷羽のファザコン(これは書いてもいいでしょう)ぶりを強調しておきました。ここから逆算して、「美夕昔語り」の、冷羽の親子関係が、描かれるに到ったのです。それはいいんですが。
                     うーん、これはねえ……アクション回を私が書くと……。
                     監督は、この回を「河童の三平 妖怪大作戦」でやりたかったそうなのですが、そうならなかったのは、私の責任です。この、切り通しの向こうにある村に、なぜか電柱があるのは、美術の責任です。村と現実の空間の落差が描けなかったのは(脚本にははっきり書いてあるので)演出上の責任です。
                     そういう風に、あちこちの綻びが集まってしまった、不幸な回、というのが私の感慨です。
                    吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -

                    吸血姫美夕:第17話「うつぼ舟」

                    0
                      第16話「女道士」には、私はまったくタッチしていません。健康状態が悪かったこともありますし、監督の中に確固たるイメージがあるので、口を挟む必要もない、というところです。アクションの描ける山田さんがいて、ほっとしました。東映趣味炸裂の回です。
                       で、17話「うつぼ舟」。この回は、他の人に振るはずだったのですが、うっかり結末を書いてしまったので、自分で責任を取らねばならなくなりました。
                       この回は、評価が高いのですが、誤解も招いているようです。DVDの解説は、その最たるもので、「男性本位の夢をストレートに映像化した」と書かれてしまいました。
                       えーと……この物語の「真意」は、絶対に語らない、と監督と約束したので、言いません。今の私にとっては、どうでもいいことですので、書きません。ただ、ちょっとだけ触れておくと、あんなダメ男の、どこがいいんでしょうか。生活力がなく、こんな境遇にいるのに、若い女に貢がれている……それって、甘えだと私は思うんですね。
                       この物語の「真意」(私個人の意図)を分かって下さったのが、旧NIFTY-SERVEのFHOROORスタッフの方で、インタビューを受けたとき、その話が出たんですが、「それは早見さん、津軽人の情念の自覚を持ちましょうよ(笑)」、と言われてしまいました。北陸人に言われたくないな(笑)。
                       まあねえ、そうも読めるように書いてはいるんですが、みんな、現実を見ましょうよ(笑)。世の中は、そんなに甘いものでもないし、それほど苦いものでもありません。
                       この話は、私が当時、稼いでいたから書けた話で、そうでなければ切実過ぎて書けなかっただろう、と想います。だから、「困ったら自分を斬れ」ではあるんですが。
                       ひとりだけ、この回の、隠した意図に引っかかったのは、緒方恵美さんです。あるキーワードが気になって、「どういう意味ですか」ときくんですが、平野監督は、「実はこれはね……」というのを、一切言わない方です。その点、かなりご不満な様子だったので、あとでみんなで夕飯を食べに行ったとき、ヒントを耳打ちしたら、緒方さんはすぐに察して、ひっくり返っていらっしゃいましたが。
                       そう言えば、この回初めて、アフレコの見学に行ったんですね。監督からは、「一切、口を出さないのなら来てもいい」、と言い渡されていましたし、私自身、余裕がなかったもので。
                       そのアフレコの席では、私は、「これは実話です」、と言い続けました。なぜなのかは、私自身にも不明です。ただ、奥に秘めた「真意」は、言わないほうがいい、と想ったことは確かです。
                       もやもやした話になってしまいましたが、私も、もやもやしています。ただ、表面的にウエットな話が私には向いているようで、その裏には、毒を盛っておくのが脚本家だ、とでも言っておきましょうか。
                       これを最後に、私は終盤の設定話、6本を書くことになります。

                       私の回までの3話は、私には言えません。18話「夢幻の街」は村井さだゆきさんが、19話「人形師の恋」は、山田靖智さんが炸裂(どちらも、脚本を読んで、ひっくり返りました)、20話「鱗翅の蠱惑」は、小中千昭さんが満を持して登場。監督も「この話だけは……」と、豪華スタッフ、キャストで臨まれました。レギュラー声優陣の間では、「野沢那智さんが出るなんて!」と騒然となっていましたし、岩男潤子さんは、その後「デビルマンレディー」で、平野作品に主演しました。
                       この辺は私がタッチしていない回ですね。お手伝いをする余裕もなかった、というのが実情でした。
                       
                      吸血姫美夕 | permalink | comments(0) | -