ショートショート「一応」
久しぶりに、ショートショートを書いてみました。
まあ、まだ、調子が戻っていませんね。折りに触れて、新作を書き下ろしてみよう、とは思います。
どのくらい書けるか、このところ、仕事として成立しない仕事しかしていないので、分からないのですが。
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一応 早見慎司
現金は、できるだけ持ち歩かない主義だ。財布が分厚くなるのが嫌いなのだ。
小銭入れと、何かあったときのために、手帳のポケットに一万円札を一枚。小銭入れも一応持っているだけだが、一向に減らない。クレジットカードだけあれば、コンビニでも通じる世の中なのだ。
サラリーマンでも、年収一千万になると確定申告をしなければならないはずだが、それほどの収入もないので、預金通帳も、二ヶ月か三ヶ月に一度、一応、見る程度だ。
それで間に合っていた。
長年使っていたパソコンを、買い替えることにした。
もう十年以上も使っていたもので、OSも古くなっている。それなりのスペックのものを買わなければならないだろう。
Web上で見積もりをしてみると、思ったより額がかかることが分かった。分割で払おうと考えて、何回払いにするか、懐具合と相談しよう、と思った。
とはいえ、記帳に行くのが面倒くさい。幸い今は、銀行口座もWebから見られる。残高を照会してみて、おや、と思った。
残高が、やけに少ない。何かのまちがいではないか、と気になるほどの減りようだ。
詳しく知るために、明細のデータをダウンロードして、一項目ずつ、細かく見ていった。
「うん?」
思わず声が漏れた。
よく見ると、今月の一日に、「VIPプレジデント」、という、聴いたこともない所からの引き落としがある。値段は16384円だ。そんな高い買い物をした覚えはない。
細かく見ていくと、前月の一日、「VIPプレジデント」の引き落としは8192円、その前の月は4096円の引き落としになっている。その前は分からない。
しかし、なんだか嫌な感じがして、翌日、たまたま平日に休みだったので、銀行へ行って、通帳の記帳をしてきた。何しろ口座を気にしたことがないので、通帳も新しいものに変わった。
家へ帰ってよく見ると、昨年の二ヶ月、つまり十四ヶ月前の一日に、「VIPプレジデント」からは1円、引き落としがある。その次の一日には2円、次の月は4円……ちょっと待て。これは――。
間違いない。「VIPプレジデント」の引き落としは、月ごとに、二倍になっているのだ。最初の1円から、十四ヶ月経った今は、16384円。来月は……32768円? 冗談じゃない。いったいなんの買い物なんだ。いや、何であれ、再来月辺りには、私は破産してしまう。
必死になって、パソコンのメールボックスを見てみた。検索をかけてみると、「買い物」のフォルダに、「VIPプレジデント」の名前があった。該当するメールは、十四ヶ月前の、何かパソコン関係の品物を買ったときのものらしい。「プラン:VIPプレジデント」となっている。
幸いメールには、ショップの電話番号が書かれていた。なかなかつながらない。不安と緊張とで、手がわずかに震える。二十分ほどして、ようやく相手が出た。
『お待たせいたしました。パソコンパフェットでございます』
快活そうな女性の声がした。
「あの、VIPプレジデントのことなんですが」
『はい。どういったご相談でしょうか』
「これ、毎月、倍になっていますよね」
『はい。そういう契約をお選びされましたので』
「馬鹿を言え。そんな契約なんか知らないぞ」
思わず声を荒げたが、相手は快活そうな口調を崩さなかった。
『では、弊社サイトのほうに、アクセスしていただけますでしょうか』
「サイト?」
言いながら、まだ立ち上がっているパソコンで、『パソコンパフェット』のサイトを捜した。捜しているうちに、気がついた。そういえば一年以上前に、安いプリンタを買ったことがある。年賀状を出す季節が近づいて、とにかく安くてすぐ使えるものを選んだのだった。
ようやくサイトが見つかった。
「サイト、あったけど」
『はい。それでは、画面右上のヘルプをクリックしていただくと、後半のほうに、「保証について」、という項目がございますので、そちらをまたクリックしていただけますでしょうか』
言われるがままに、項目を選んでいくと、確かに「保証について」という文字があった。クリックしてみると、『Q:VIPプレジデントとはなんですか?』とある。
『A:VIPプレジデントは、お客様のご安心を将来に亘って保証するものです。このプランに加入された場合、商品の不具合、磨耗による部品交換などを、無期限に保証いたします。掛金は、それぞれの商品によって異なりますので、詳しくは、それぞれの購入時契約をご覧下さい。』
にわかに、全身の血が逆流するような気がした。
たしかに、プリンタを買ったとき、『保証プランに加入されますか』という項目があって、それが1円、というので、何かのまちがいだろう、と思いながら、一応、加入しておいたのだった。契約内容などは、詳しく読んではいなかった。
それはそうだろう。あの小さな文字でびっしりと書かれた書面など、誰が詳しく読むものか。
「冗談じゃない……」
声が漏れた。
『はい。冗談ではなく、文面の通りでございます。何か問題がございますでしょうか』
「冗談も何も、破産してしまう。解約してくれ」
『解約でございますね』
相手は、あくまでも明るかった。
『ヘルプのほうを読んでいただくと、お分かりになるかと思いますが、契約の中途解約は、お客様が翌月分を支払うのと同時に行なわれます。それでよろしいでしょうか』
「ふざけるな。訴えてやる!」
『かしこまりました。ご参考までに、訴訟ということになりますと、弁護士の着手料が、最低、五万円ほどかかるかと存じますが、よろしいでしょうか』
一瞬、頭に血が上った。
上等だ! 度鳴ろうとした瞬間、ノートパソコンの画面がちらついた。このところ、ときどき起きる発作だった。
私は今、新しいパソコンが、欲しいのだ。
「分かった。解約の手続きをしてくれ」
気がつくと、そう言っていた。
だってそうだろう? パソコンを買う金も、持って行かれてしまうんだから。
『かしこまりました。早速、解約の手続きを取らせていただきます。他に何か、ご質問はございますでしょうか』
「……ない」
私は電話を切った。
そのまま都心に出て大手家電量販店に向かい、割引率は低いが、それなりには安い機種を買った。店で保証を延長するサービスがどうのこうの、と言っていたが、すべて断わった。
もちろん、支払いは現金で。
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ありがち、というか、すでにあるネタかも知れませんが、その節はお許しを。一応、ネット検索などせず、頭で考えて書いておりますので、先例があったときは、深くお詫び申し上げます。
まあ、まだ、調子が戻っていませんね。折りに触れて、新作を書き下ろしてみよう、とは思います。
どのくらい書けるか、このところ、仕事として成立しない仕事しかしていないので、分からないのですが。
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一応 早見慎司
現金は、できるだけ持ち歩かない主義だ。財布が分厚くなるのが嫌いなのだ。
小銭入れと、何かあったときのために、手帳のポケットに一万円札を一枚。小銭入れも一応持っているだけだが、一向に減らない。クレジットカードだけあれば、コンビニでも通じる世の中なのだ。
サラリーマンでも、年収一千万になると確定申告をしなければならないはずだが、それほどの収入もないので、預金通帳も、二ヶ月か三ヶ月に一度、一応、見る程度だ。
それで間に合っていた。
長年使っていたパソコンを、買い替えることにした。
もう十年以上も使っていたもので、OSも古くなっている。それなりのスペックのものを買わなければならないだろう。
Web上で見積もりをしてみると、思ったより額がかかることが分かった。分割で払おうと考えて、何回払いにするか、懐具合と相談しよう、と思った。
とはいえ、記帳に行くのが面倒くさい。幸い今は、銀行口座もWebから見られる。残高を照会してみて、おや、と思った。
残高が、やけに少ない。何かのまちがいではないか、と気になるほどの減りようだ。
詳しく知るために、明細のデータをダウンロードして、一項目ずつ、細かく見ていった。
「うん?」
思わず声が漏れた。
よく見ると、今月の一日に、「VIPプレジデント」、という、聴いたこともない所からの引き落としがある。値段は16384円だ。そんな高い買い物をした覚えはない。
細かく見ていくと、前月の一日、「VIPプレジデント」の引き落としは8192円、その前の月は4096円の引き落としになっている。その前は分からない。
しかし、なんだか嫌な感じがして、翌日、たまたま平日に休みだったので、銀行へ行って、通帳の記帳をしてきた。何しろ口座を気にしたことがないので、通帳も新しいものに変わった。
家へ帰ってよく見ると、昨年の二ヶ月、つまり十四ヶ月前の一日に、「VIPプレジデント」からは1円、引き落としがある。その次の一日には2円、次の月は4円……ちょっと待て。これは――。
間違いない。「VIPプレジデント」の引き落としは、月ごとに、二倍になっているのだ。最初の1円から、十四ヶ月経った今は、16384円。来月は……32768円? 冗談じゃない。いったいなんの買い物なんだ。いや、何であれ、再来月辺りには、私は破産してしまう。
必死になって、パソコンのメールボックスを見てみた。検索をかけてみると、「買い物」のフォルダに、「VIPプレジデント」の名前があった。該当するメールは、十四ヶ月前の、何かパソコン関係の品物を買ったときのものらしい。「プラン:VIPプレジデント」となっている。
幸いメールには、ショップの電話番号が書かれていた。なかなかつながらない。不安と緊張とで、手がわずかに震える。二十分ほどして、ようやく相手が出た。
『お待たせいたしました。パソコンパフェットでございます』
快活そうな女性の声がした。
「あの、VIPプレジデントのことなんですが」
『はい。どういったご相談でしょうか』
「これ、毎月、倍になっていますよね」
『はい。そういう契約をお選びされましたので』
「馬鹿を言え。そんな契約なんか知らないぞ」
思わず声を荒げたが、相手は快活そうな口調を崩さなかった。
『では、弊社サイトのほうに、アクセスしていただけますでしょうか』
「サイト?」
言いながら、まだ立ち上がっているパソコンで、『パソコンパフェット』のサイトを捜した。捜しているうちに、気がついた。そういえば一年以上前に、安いプリンタを買ったことがある。年賀状を出す季節が近づいて、とにかく安くてすぐ使えるものを選んだのだった。
ようやくサイトが見つかった。
「サイト、あったけど」
『はい。それでは、画面右上のヘルプをクリックしていただくと、後半のほうに、「保証について」、という項目がございますので、そちらをまたクリックしていただけますでしょうか』
言われるがままに、項目を選んでいくと、確かに「保証について」という文字があった。クリックしてみると、『Q:VIPプレジデントとはなんですか?』とある。
『A:VIPプレジデントは、お客様のご安心を将来に亘って保証するものです。このプランに加入された場合、商品の不具合、磨耗による部品交換などを、無期限に保証いたします。掛金は、それぞれの商品によって異なりますので、詳しくは、それぞれの購入時契約をご覧下さい。』
にわかに、全身の血が逆流するような気がした。
たしかに、プリンタを買ったとき、『保証プランに加入されますか』という項目があって、それが1円、というので、何かのまちがいだろう、と思いながら、一応、加入しておいたのだった。契約内容などは、詳しく読んではいなかった。
それはそうだろう。あの小さな文字でびっしりと書かれた書面など、誰が詳しく読むものか。
「冗談じゃない……」
声が漏れた。
『はい。冗談ではなく、文面の通りでございます。何か問題がございますでしょうか』
「冗談も何も、破産してしまう。解約してくれ」
『解約でございますね』
相手は、あくまでも明るかった。
『ヘルプのほうを読んでいただくと、お分かりになるかと思いますが、契約の中途解約は、お客様が翌月分を支払うのと同時に行なわれます。それでよろしいでしょうか』
「ふざけるな。訴えてやる!」
『かしこまりました。ご参考までに、訴訟ということになりますと、弁護士の着手料が、最低、五万円ほどかかるかと存じますが、よろしいでしょうか』
一瞬、頭に血が上った。
上等だ! 度鳴ろうとした瞬間、ノートパソコンの画面がちらついた。このところ、ときどき起きる発作だった。
私は今、新しいパソコンが、欲しいのだ。
「分かった。解約の手続きをしてくれ」
気がつくと、そう言っていた。
だってそうだろう? パソコンを買う金も、持って行かれてしまうんだから。
『かしこまりました。早速、解約の手続きを取らせていただきます。他に何か、ご質問はございますでしょうか』
「……ない」
私は電話を切った。
そのまま都心に出て大手家電量販店に向かい、割引率は低いが、それなりには安い機種を買った。店で保証を延長するサービスがどうのこうの、と言っていたが、すべて断わった。
もちろん、支払いは現金で。
-----------------------------------------------------------------
ありがち、というか、すでにあるネタかも知れませんが、その節はお許しを。一応、ネット検索などせず、頭で考えて書いておりますので、先例があったときは、深くお詫び申し上げます。