うらそえ日記

奇談小説家・早見慎司(早見裕司)の公式ブログです。
<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 「大計画」 | main | 多すぎて分からない…… >>

ショートショート「一応」

0
     久しぶりに、ショートショートを書いてみました。
     まあ、まだ、調子が戻っていませんね。折りに触れて、新作を書き下ろしてみよう、とは思います。
     どのくらい書けるか、このところ、仕事として成立しない仕事しかしていないので、分からないのですが。
    ------------------------------------------------------------------------------------------------

    一応  早見慎司

     現金は、できるだけ持ち歩かない主義だ。財布が分厚くなるのが嫌いなのだ。
     小銭入れと、何かあったときのために、手帳のポケットに一万円札を一枚。小銭入れも一応持っているだけだが、一向に減らない。クレジットカードだけあれば、コンビニでも通じる世の中なのだ。
     サラリーマンでも、年収一千万になると確定申告をしなければならないはずだが、それほどの収入もないので、預金通帳も、二ヶ月か三ヶ月に一度、一応、見る程度だ。
     それで間に合っていた。

     長年使っていたパソコンを、買い替えることにした。
     もう十年以上も使っていたもので、OSも古くなっている。それなりのスペックのものを買わなければならないだろう。
     Web上で見積もりをしてみると、思ったより額がかかることが分かった。分割で払おうと考えて、何回払いにするか、懐具合と相談しよう、と思った。
     とはいえ、記帳に行くのが面倒くさい。幸い今は、銀行口座もWebから見られる。残高を照会してみて、おや、と思った。
     残高が、やけに少ない。何かのまちがいではないか、と気になるほどの減りようだ。
     詳しく知るために、明細のデータをダウンロードして、一項目ずつ、細かく見ていった。
    「うん?」
     思わず声が漏れた。
     よく見ると、今月の一日に、「VIPプレジデント」、という、聴いたこともない所からの引き落としがある。値段は16384円だ。そんな高い買い物をした覚えはない。
     細かく見ていくと、前月の一日、「VIPプレジデント」の引き落としは8192円、その前の月は4096円の引き落としになっている。その前は分からない。
     しかし、なんだか嫌な感じがして、翌日、たまたま平日に休みだったので、銀行へ行って、通帳の記帳をしてきた。何しろ口座を気にしたことがないので、通帳も新しいものに変わった。
     家へ帰ってよく見ると、昨年の二ヶ月、つまり十四ヶ月前の一日に、「VIPプレジデント」からは1円、引き落としがある。その次の一日には2円、次の月は4円……ちょっと待て。これは――。
     間違いない。「VIPプレジデント」の引き落としは、月ごとに、二倍になっているのだ。最初の1円から、十四ヶ月経った今は、16384円。来月は……32768円? 冗談じゃない。いったいなんの買い物なんだ。いや、何であれ、再来月辺りには、私は破産してしまう。
     必死になって、パソコンのメールボックスを見てみた。検索をかけてみると、「買い物」のフォルダに、「VIPプレジデント」の名前があった。該当するメールは、十四ヶ月前の、何かパソコン関係の品物を買ったときのものらしい。「プラン:VIPプレジデント」となっている。
     幸いメールには、ショップの電話番号が書かれていた。なかなかつながらない。不安と緊張とで、手がわずかに震える。二十分ほどして、ようやく相手が出た。
    『お待たせいたしました。パソコンパフェットでございます』
     快活そうな女性の声がした。
    「あの、VIPプレジデントのことなんですが」
    『はい。どういったご相談でしょうか』
    「これ、毎月、倍になっていますよね」
    『はい。そういう契約をお選びされましたので』
    「馬鹿を言え。そんな契約なんか知らないぞ」
     思わず声を荒げたが、相手は快活そうな口調を崩さなかった。
    『では、弊社サイトのほうに、アクセスしていただけますでしょうか』
    「サイト?」
     言いながら、まだ立ち上がっているパソコンで、『パソコンパフェット』のサイトを捜した。捜しているうちに、気がついた。そういえば一年以上前に、安いプリンタを買ったことがある。年賀状を出す季節が近づいて、とにかく安くてすぐ使えるものを選んだのだった。
     ようやくサイトが見つかった。
    「サイト、あったけど」
    『はい。それでは、画面右上のヘルプをクリックしていただくと、後半のほうに、「保証について」、という項目がございますので、そちらをまたクリックしていただけますでしょうか』
     言われるがままに、項目を選んでいくと、確かに「保証について」という文字があった。クリックしてみると、『Q:VIPプレジデントとはなんですか?』とある。
    『A:VIPプレジデントは、お客様のご安心を将来に亘って保証するものです。このプランに加入された場合、商品の不具合、磨耗による部品交換などを、無期限に保証いたします。掛金は、それぞれの商品によって異なりますので、詳しくは、それぞれの購入時契約をご覧下さい。』
     にわかに、全身の血が逆流するような気がした。
     たしかに、プリンタを買ったとき、『保証プランに加入されますか』という項目があって、それが1円、というので、何かのまちがいだろう、と思いながら、一応、加入しておいたのだった。契約内容などは、詳しく読んではいなかった。
     それはそうだろう。あの小さな文字でびっしりと書かれた書面など、誰が詳しく読むものか。
    「冗談じゃない……」
     声が漏れた。
    『はい。冗談ではなく、文面の通りでございます。何か問題がございますでしょうか』
    「冗談も何も、破産してしまう。解約してくれ」
    『解約でございますね』
     相手は、あくまでも明るかった。
    『ヘルプのほうを読んでいただくと、お分かりになるかと思いますが、契約の中途解約は、お客様が翌月分を支払うのと同時に行なわれます。それでよろしいでしょうか』
    「ふざけるな。訴えてやる!」
    『かしこまりました。ご参考までに、訴訟ということになりますと、弁護士の着手料が、最低、五万円ほどかかるかと存じますが、よろしいでしょうか』
     一瞬、頭に血が上った。
     上等だ! 度鳴ろうとした瞬間、ノートパソコンの画面がちらついた。このところ、ときどき起きる発作だった。
     私は今、新しいパソコンが、欲しいのだ。
    「分かった。解約の手続きをしてくれ」
     気がつくと、そう言っていた。
     だってそうだろう? パソコンを買う金も、持って行かれてしまうんだから。
    『かしこまりました。早速、解約の手続きを取らせていただきます。他に何か、ご質問はございますでしょうか』
    「……ない」
     私は電話を切った。
     そのまま都心に出て大手家電量販店に向かい、割引率は低いが、それなりには安い機種を買った。店で保証を延長するサービスがどうのこうの、と言っていたが、すべて断わった。
     もちろん、支払いは現金で。
    -----------------------------------------------------------------
     ありがち、というか、すでにあるネタかも知れませんが、その節はお許しを。一応、ネット検索などせず、頭で考えて書いておりますので、先例があったときは、深くお詫び申し上げます。

     
    ショートショート | permalink | comments(0) | -

    この記事に対するコメント

    コメントする