うらそえ日記

奇談小説家・早見慎司(早見裕司)の公式ブログです。
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【宣伝】(マンガ図書館Z)「ずっと、そこにいるよ。」

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     水淵季里の本の中で、最後に紙の本で出たのが、「ずっと、そこにいるよ。」です。理論社刊ですが、現在は、絶版にしています。

     この本については、そうですね……水淵季里を、ラノベではなく児童書の枠でなら出せるのではないか、という目論見だったんですが、結果的には、まあ、そういうことです。

     最も、私にも少しだけ言いたいことはあって、水淵季里の本は、どんな編集者に見せても、「いいですね」、とそのまま通してしまうんです。EXノベルズも、朝日ソノラマですら。

     「ずっと〜」の場合も、編集者からのフィードバックがほとんどないまま、本になってしまったんですが、私も趣味全開で書いて、売れる、ということを考えていなかったのは、事実です。

     あとで担当者から、「一冊、本が売れると(「となりのウチナーンチュ」のこと)、ご褒美的に1冊は、出したい本を出せるんです」、と言われて、ああ、こういう世界もあるんだなあ、と思いましたが、そういうことは先に言って欲しかったですね。まあ、編集者に根本的な責任はありません。著者は私ですから。

     ネガティヴなことばかり書いてしまいましたが、この本は、尊敬する哲学者・大森荘蔵さんの認知論にかぶれて書いたもので、かなり難しい話になっています。また、季里のキャラクターが、かなり変わってきているのも分かります。他人ごとのように言っていますが、6話の連作のうち、3話は、まあまあ思い通りに書けた気がします。読むのは無料ですので、ご一読いただければ、と思います。

     季里の本はあと一冊、それから派生した本が2冊ほどありますので、更新が遅れがちのブログですが、読んでいただければ幸いです。

     

     

     

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    病気見舞い

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       かなり親しい人が、急に心臓の発作を起こして、入院しました。

       細かいことは省きますが、心臓を切開しないといけないようです。

       今週の半ばには、手ぶらで見舞いに行きましたが、かみさんかれは、「こういうときは洋菓子か果物でしょうが」、と厳しく言われ、あとでまた、雪塩ちんすこうでも買っていこうか、と思います。雪塩ちんすこう、大したお菓子ではないんですが、コストパフォーマンスがいいんです。まあ、失礼にもならない程度のものでして。

       

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      宣伝(マンガ図書館Z)「精霊海流」と幻のサーガ

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         水淵季里4作目の「精霊海流」「ずっと、そこにいるよ。」「何もない、夏の一日。」の3作は、現在、マンガ図書館Zでしか読めません。

         立ち読みができるので、ご利用いただければ幸いです。

         

         「精霊海流」は、水淵季里の連作の中で、特異な存在です。

         その前に、この本が、マンガ図書館Zでしか読めないのは、イラストレイターの方が、電子化を拒否しているからです。なぜイラストレイターが拒否すれば、自分の本が出せなくなるのかは、理解に苦しむのですが、取り決めなので、しかたありません。読めるだけ幸い、というところでしょうか……。

         で、「精霊海流」ですが、「夏の鬼 その他の鬼」の続き、という設定ですが、文章などが、シリーズとして見たとき、ちょっと不思議な印象をいだくかもしれませんが、実は、この本は、1994年に着想を得たもので、それまで書けなかったのが、書けてしまったので、逆に「出るべくして出た」本、と言えるでしょうか。

         1994年は、沖縄でSF大会が開かれた年で、この大会に招待されたので、友だちもいるし、行ってみようか……とほいほい行ったばかりに、いまの私があるのですが、その大会で、あれはなんの集まりだったのか分かりませんが、10人ぐらいの人と徹夜で雑談をしたときに、「剣も魔法も出てこないファンタジイはないものか」という話になって、私が「できますよ」、と即答してしまったのですね。

         私の長編は、だいたい思いついてから、できあがるまでに10年かかるのですが、まさに10年かかっての完成でした。

         担当のIさんは、ずっと昔から知り合いで、Iさんをうならせる作品を書くことが、目標のひとつでもあったのですが、あまり細かい直しは出ませんでした。戦闘シーンを作って、というご要望は、あったはずです。

         10年のうち、5年ぐらいはひたすら取材で、沖縄のディープな話などもマイクロカセットコーダーで何本と録ったのですが、いざ沖縄に住んでみると、主に土地勘の問題で、あまりうまくは活かせませんでしたね……。

         ただ、沖縄を舞台にしたファンタジイは、池上栄一さんなどはいますが、意外に数が少ないので、また別の視点で書こう、と思ってはいます。

         なお、これはいまのところ古本でしか読めないのですが、「少女武侠伝 野良猫オン・ザ・ラン」という小説がありまして、冒頭を読んでいただくと分かるのですが、季里たちのその後、という設定で書かれています。

         そちらのほうも続けて書いて、結局、季里の孫が亜熱帯化した東京で剣をふるって闘い、人類の歴史が終わる、という長大な計画を立てていたのですが、いまとなっては(「BLOOD+」や池上さんの「シャングリ・ラ」が出た後では)、書くことは、非常に難しい、というか、XXの後塵を拝するのはまっぴらごめんなもので、しかたありませんね。

         実は、「マルス・エイジ」と名付けた、亜熱帯の東京でのチャンバラは、生まれて初めて持ち込みをした(で、没になった)作品で、その後、何度か企画を出して、ことごとく没になっている作品なのですが、いまは前述の理由で、青春の思い出にしたほうがよさそうです。

         話がそれましたが、そういうわけで、「精霊海流」、取材をした割には、考証には数々問題がありますし、神さまが出てくるシーンはかなり不評でしたが(無理もない、と思います)、愛すべき失敗作、というところでしょうか。作者が失敗、と言っちゃいけませんけど、この後、シリーズが大幅に路線変更するので、私にとっては愛すべき、といったところです。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

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        宣伝(夏の鬼 その他の鬼)

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           いったんは頓挫した水淵季里のシリーズですが、ひょんなことから再起動します。01年の「夏の鬼 その他の鬼」です。

           90年代後半の私は、綾辻行人さん監修の「黒ノ十三」というサウンドノベル≠短編集の仕事がうまく行き、いまにまでつながるホラー短編の書き手となっていました。

           それが、津原泰水さん監修の「12宮十二幻想」で、スクウェア(当時)から本を出してもらえることになり、ここは季里だ、と提出した「夏の鬼 その他の鬼」は、担当者が原稿を読むなり、「じゃあ、これで印刷所に出しましょう」と言ったので、仰天して、自分で校閲してくれる人を頼んで、直しを入れてもらった、といういきさつがあります。

           前の「水路の夢」から10年経っているので、同じ設定で書くのは無理があり、細かいところなどを直して、季里もまた高校一年から(正確には中三から)リスタートをかけ、今度こそ、季里の物語を完結させよう、という気合いで始めました。

           ただ、この頃の私は、中国の志怪小説にかぶれていて(まあ、「水路の夢」からそうなんですけどね)、古代中国趣味を志向した所があります。それを、いいと思うか、悪いと思うかは、人それぞれでしょう。

           とにかくまあそういうわけで、この一冊は、いま読んでも、自分での不満は少ない本です。

           

           なお、Kindleストアで私の本を検索すると、「早見裕司」とあるものと、「早見慎司」とあるものとがあります。すみませんが、お調べの上、お買い求め下さい。

           

           

           

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          宣伝(水路の夢)

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             Kindle本と、マンガ図書館Zとのために、現在、電子書籍になっている本を宣伝しています。

             90年の「水路の夢」は、私の水準(実力?)からすると、かなり書けた本なのですが、ヒットとは行きませんでした。なにしろ、ジャンルがなんだか分かりませんし。幻水省を名乗る、謎の集団と、季里たちが闘う――というのは、そうですね、「テラ戦士Ψ BOY」ということになるでしょうか。

             この小説は、前作「夏街道」にも増して、季節感や風土感(ってことばはないんですが、まあそんなもの)を細かく描写する、と同時に、私がやってみたかった「マンデルブロー図形」を試してみました。「マンデルブロー図形」については、説明しきる頭がないので、各位調べていただくとして、すなわち、冒頭の季里が眠っている樹とそこに住まいするアリ、平らなプレートの墓碑とその中央に立つメモリアルタワー、逝川高校の図書館塔とその下の建物、西新宿の町並みと三角ビルに代表されるタワー、と、同じ対比構造を、スケールを変えて繰り返す、というものです。

             それがなんだ、と言われると、何を言っても無駄でしょうが、もともとこの物語は、当時、一年に一度、保養に行っていた奥多摩、鳩ノ巣渓谷の国民宿舎で、夜、すぐ裏を流れている多摩川の源流を聴きながら、同時にPSY・Sの「レモンの勇気」を聴きながら不意に思いついたもので、そのつながりがうまくつながるよう、「夏街道」にも、若干、直しを入れています。

             小説には遊びが必要だ、と私は思っていて、それが正しいかどうかは分かりませんが、「水路の夢」は、TOKON10のサイトでも評価していただきました。「東京を舞台にした小説」、という連載に私のほうから持ち込んだ(署名のみお伝えしただけです。文章には一切、関わってはいません)ので、いささか夜郎自大ではありますが、出来レースではありません。TOKON10実行委員会の名誉のために、明記しておきます。

             季里のシリーズは、音楽と深い関係を持っていますが、この辺で、ぎりぎり時代とシンクロしているかな? ぐらいの感じなのですが、3部作の予定が、ここまでの2冊で中断して、タイミングを逸しているのは、売れるとか売れないとかの問題ではなく、当時、ばたばたっと担当者が2人替わり、その3人目の担当者の方に、売り込むのを忘れたからです。バカじゃなかろうか。

             もっとも、企画が通っても、書けたかどうかは分かりません。現在、水淵季里のブログ「水淵季里のつぶやき」で、第3作「神の冬 花の春」を、「本来こうであるはずだった物語」として、書いてみていますが、難しいものですね……。

             もうひとつ書いておくと、「水路の夢」は、最初は原稿用紙300枚分あったのが、アニメージュ文庫の方針で、50枚、削りました。元のデータが残っていればいいんですが、どこかでなくしてしまいまして。「バックアップ」という観念がなかったんです。当時、私は98ノート(初代)を使っていたので、フロッピー(ということばが常に死語)にでもとっておくべきだったなあ……と思いますが、削って何も支障はなかった(と思う)ので、それでいいのかもしれません。

             とまあ、こういうわけで、季里のシリーズ、第一セクションは終わったのですが、続きを書きたい、という気持ちは、10年間やむことはありませんでした。

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